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多岐に渡るお仕事をされてますが、どれも「自分らしく生きる」を大事にしていることが感じられます。
まさにそうです。私は主に3つの肩書きを持っていますが、その全てにおいて「”わたし”が豊かで幸せに生きる」がテーマです。
1つ目はフィンランド生涯教育研究、つまりフィンランドの教育文化や暮らしを研究する仕事です。
2つ目は北欧式ブランド構築デザイナー。これはブランド構築の過程で、ブランドそのものが持つ本質を引き出し、ブランドの作り手の人生から顧客のコミュニケーションまで一貫性をもたす戦略や行動計画を立てたり、冊子、Webページ、ロゴマーク、オウンドメディアなど、言葉や形で表現する仕事をチームで取り組んでいます。
3つ目は以前からセミプロでやっていた司会の仕事です。最近はオンラインでの司会も増えています。
これら全てに共通するのは、幸せで豊かな生き方とは何か、自分自身でデザインする生き方を目指していること。その為に私の持っている全てのスキルを活かしています。今後も肩書きは増えていくかもしれませんが、軸になるのはこれですね。
 
なるほど、わかりやすい。
「皆が自分の人生を歩めるため」ということが大きなテーマなのですね。でも、なぜそういう考えに至ったんですか?
生まれ育った関西で、大学時代も含め24歳まで過ごしました。海外志向や外に出たい気持ちは強かったですが、それを越える動機やきっかけがなかったんです。
通った小中高では「関西にいたらそれでええやろ」という保守的な考え方が主流でした。だからこそ、自分の性格、性質、思考が特殊で際立ち、自分を磨きやすい環境だったのかもしれません。
自分が周りとは違うという自覚があったということかな?
ありましたね。その「違う」という感覚が心地よかった、それは飛騨の暮らしにも通じていて、なんかこの人変やな~と思われているくらいが心地よいんです。「自分に対する悪い噂は聞こえない」のは私の得意技なんです(笑)変わってるくらいがちょうどいい。
なるほど。24歳までは関西にいて大学卒業後は関西で一度就職したのかな?
いえ、実は就職せず卒業後は関西で1年間フリーターをしてました。難波でギャルやってた時代なんです。目の下にアイラインを引いて、豹柄のノースリーブにミニスカートを履いて、夜な夜な街を歩いたり(笑)。
ギャルをしながらも、実は1年後に大学院への進学を目指していました。週6日整骨院受付のバイトし、その頃に誘われた経営関係の勉強会にも行きました。その後、東京の大学院へ進学し、国際関係学を学び台湾や中国、韓国にもよく行きました。
では大学院の後にフィンランドに出逢ったのかな?
いえ、院を卒業後すぐにブランドコンサルタントとして起業し、30歳手前くらいまではTHE起業家のような生活を送りました。出張で各地に行き、寝ないで仕事をしたり・・・若手起業家たるもの、寝ないで当たり前!と思っていましたが、徐々に違和感を感じ身体の不調も出始めました。(スコッチ10杯飲んでも酔わないとか・・・笑)
そんな時にフィンランドに出逢いました。
幼少期から「自分」という感覚を強く持っていた石原さんが30歳で出逢ったフィンランド。話を聴けば聴くほどその出逢いは必然のような気がしてなりません。Part2では彼女がフィンランドに訪れた時に感じたこと、そこから生まれたエラマプロジェクトを深掘りしていきます。
次回のco-ba magazine 【石原侑美さん Part 2】
フィンランドとの出会いからElämä (以下エラマ )プロジェクト立ち上げ
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